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2007年10月18日 (木)

初マラソン

さんぽさんの初マラソンの記事と写真、そしてmarinkoさんの初フル挑戦の話題に、私自身も初マラソン、初フルのことを思い出しました。

私の(市民ランナーとしての)初マラソンは、1996年3月7日「圏央道開通記念・鶴ヶ島マラソン」5㎞でした。まだ、開通前の圏央道の鶴ヶ島インター付近の本線上がコースでした。記録は20分27秒(現在のように記録証が発行されたわけではなく、自分の時計で計時しました)でした。この年の1月から走り始めたばかりで、ただただ苦しいだけのレースだったように記憶しています。ちなみにこのとき中学生の部でヨッシー(中1)は入賞していました。

初フルの悪戦苦闘は、今もつい数日前の出来事のように鮮やかに記憶しています。初フルは、2年後の1998年3月15日に行われた「板倉ハートフルマラソン」でした。渡瀬遊水地のハート形をした谷中湖を4周する大会なので、途中棄権もしやすいかなと弱気に出場しました。記録は3時間39分58秒、順位は95位/425人中でした。

10㎞ 0:44:13 0:44:13
20㎞ 1:29:06 0:44:53
中間点 1:33:55 0:04:49
30㎞ 2:15:52 0:46:46
40㎞ 3:20:25 1:04:33
ゴール 3:39:23 0:18:58

こんなラップ・スプリットでした。これを見ると、なるほど30㎞で脚が止まったなと、誰もが判断するでしょう。その通りですが、記録とともに残している1行メモに「雨のち強風 スタート時霙、途中から強風。雨と風で体力は消耗、最後は歩いた。初フルは散々だった。」と記されています。そう、初フルには過酷すぎる気象条件だったのです(marinkoさんのシカゴマラソンの30℃を超える暑さも気の毒でした)。これにあるようにスタート時は霙(みぞれ)でした。とにかく寒いうえに濡れて、風で体温はどんどん奪われていました。走っても走っても汗ばむことがありませんでした。

1周目は雨は降っているもの風もなく次第に小降りになっていました。2周目に入る頃には、雨は上がり、一方で風が吹き始め、濡れたウェアがさらに体温を奪い始めていました。3周目、風はさらに強く吹きなり、湖面は大きく波立ち始めました。3周目の谷中湖の真ん中道路・橋をわたる頃には、飛沫が飛んでくるようになり、本部や売店用のテントは、風で飛ばされないようにたたんでしまいました。

そして、4周目に入った頃から両脚のケイレンが始まり、2度3度と立ち止まりストレッチを繰り返してなんとか走り続けようとしました。しかし、35㎞の手前からは猛烈な向かい風になり、全く前に進みません。35㎞は2時間44分59秒(29分07秒)で通過。まだ、6分/1㎞かかってませんから、ゆっくりながら走っていたと思います。その先、谷中湖の真ん中道路では飛沫が痛いくらいにぶつかってきます。それでも歩きたくないという気持ちで走って(?)いました。ところが、走っているつもりの私の横を歩き始めたランナー(?)が抜いて行くではありませんか。それを見て、走るのを諦めました。歩いた方が速いのですから当然です。

ゴール3㎞程前、ヨッシーの母が心配で迎えに来ていました。なにしろゴールしてもいい時間をとっくに過ぎても帰ってこないのですから心配になるでしょう。まあ、歩くより遅いランになったのですからしかたありませんね(40㎞までの5㎞は35分26秒)。そして、ゴールまではさらに18分58秒もかかったのです。とにかく散々な初フルでした。ちなみにこのときもヨッシー(中3)は入賞でした(副賞は板倉特産のキュウリを一箱でした)。

さて、今シーズン最初のフルである大田原まで1ヶ月余り、そしてそれを占う小鹿野(ハーフ)まであと3日。どうなるだろうか楽しみです。

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コメント

この初マラソン、強風に向かい続けていたせいか左目が完全に渇いたようになり、眼球の表面がシワシワ状態になって、視界がぼやけてしまいました。家に帰り、夜には回復していたと思いますが。

marinkoさん、アメリカでの再チャレンジ、楽しくフィニッシュ出来るといいですね。日本で一緒に走れることを楽しみにしてます。でも、仙台だと「ぐんたま」ではなく「シオビキ」だな。

投稿: ヨッシーの父 | 2007年10月20日 (土) 13時34分

>名前はないが酔~いどんさんね。

問われて名乗るもおこがましいですが、ご察しの通り酔~いどんです。

投稿: 酔~いどん | 2007年10月20日 (土) 01時06分

そういう、過酷なレースもあるんですね。それでも、皆さん次に繋がっていくんですね。やめようとは、金輪際嫌だ!とは、どなたも思われないのですね。実は私もシカゴからの帰り道、次のレースではどうしようとか、考えていました。
走っているときは、なんせこれが初めてなので、比較のしようがなく、フルマラソンはこいうものなのだと思っていました。5時間のペールメータ氏が遠くになったとき、自分が辛い走りをしていると感じました。なんせ、頭が痛いだけなので。。。。でも、痛くてどうしようもありませんでした。ソウルオリンピック銀メダリストの森下氏が、辛いのはがまんできるが、痛いのはどうしようもない、と、ずっと昔にコメントされていたのを思い出していました。また、公言して走っただけに、完走できないのが、なんともカッコ悪く感じていました。ポリスが走るのをやめてください、歩いて!!と、マイクで絶叫したとき、ああ、私、正式にやめてもいいという、理由ができた。。。。などど、真剣に考えていました。
後で始めて、完走にこだわるということが、どんなに危険なのかを感じました。
なにせ初めてです。本当に忘れられない思い出になりました。次、ここアメリカでもう一回だけ走って、後は日本で皆さんの背中を遠くに眺めながら、走りたいと思っています。
以上、すいません、よそ様のブログで、延々と書きコキしてしまいました。

投稿: marinko | 2007年10月20日 (土) 00時40分

初マラソン、初フルって忘れられない思い出ですよね。
でも、こんな天候だと忘れたくても忘れられませんね!
marinkoさんの初フルも凄かったんだろうなぁ?
いろんな人の初マラソン、初フルの話聞きたいですね♪

投稿: さんぽ | 2007年10月19日 (金) 19時09分

↓ 名前はないが酔~いどんさんね。

投稿: ヨッシーの父 | 2007年10月19日 (金) 08時08分

私が初フルの洗礼を浴びたのは1992年の「河口湖マラソン」で、ゴールタイムは3時間47分でした。
調子良くスタートから飛び出したんですが、終盤は寒さとスタミナ切れで全く足が動かなくなったのを憶えています。
でもあの時は30代、若かったな。

投稿: | 2007年10月19日 (金) 00時29分

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