ジャ・ジャア~ン。帰ってきましたマラソン交友録。しばらくご無沙汰しておりますが、新たなマラソン交友関係を暴露していきたいと思います。
パートⅡの最初は、昨年の「野辺山24時間リレーマラソン」で颯爽(?)とチームぐんたまにデビュー、先日のぐんたま忘年会で話題独占の「イサム君」です。
イサム君と私との出会いは、いつなのか・・・・気づいたときには出会ってました。いわゆる幼なじみなのです。中学では陸上部で一緒に長距離を走っていました。その中学は、Y先生の指導の下に、伝統的に駅伝に力を注ぎ、実際に県大会入賞など好成績を代々残していました。(Y先生は、H大学で箱根駅伝を走ったランナーでした)。
特に私たちが1年生のときの3年生を中心としたチームは、県駅伝でも優勝候補の一角にあげられる期待のチームでした。Y先生(Y師匠ではありません)は、このチームに大いに期待を寄せていましたが、結果は4位でした。これは、普通で考えると大変な成績だと思うのですが、Y先生や周囲の期待していた人たちは、喜びよりも落胆の方が大きかったようです。
2年後、私たちが3年になったとき、Y先生は体調の悪さもあったのか以前のような力の入れ方はしません。簡単に言うと諦めていたんでしょう。県駅伝には、同じ地区にシード校があったのでやっと出場というありさまでした。ところが、1区の2年生K君の快走から始まり、2区3年の私、3区3年イサム君、4区2年エポック社長さんと上位争いを続け、とうとう6区アンカーまで4位をキープしたままゴールしたのです。全く期待されていなかったチームが県駅伝で4位になるという快挙、Y先生はどう感じたのでしょう。
卒業後、イサム君とは別の高校に入学しましたが、二人とも陸上を続けていました。あるロードレース大会(10㎞)、ずるずる後退する私に付き合って二人併走して高校生最下位でゴールしたこともありました。いつも大会で会うたびにバカなことをしていたような気がします。K女子高のAさんのこと、私の高校の女子マネのこと。思い返すと恥ずかしいことばかりです。これもみんなイサム君と私がアホだったからなんでしょう。
そのイサム君、実は20代の頃にマラソンを走っていたのです。まだ市民ランナーという言葉もなかった(?)時代にフルマラソンを走っています。高校卒業後も競技者だったわけですね。3時間10分台の記録を出していたということですが、秩父マラソンというアップダウンの多いコースだったそうですから、なかなかの好記録と言えそうです。
そして、久々に走ったのが、野辺山でした。もともと膝の具合が悪く、さらにこの時に無理したツケで、今は走れないそうですが、故障が癒えたら、また走りたいといっています。古くて新しい仲間を歓迎したいとお思います。
連絡 12月30日、イサム君の家(深谷市)で餅つきを行います。みんな遊びに来いということですので、昼飯代わりに餅を食べに行きましょう。もちろん飲み物もありますよ。田舎の餅つきに付き合いたい人はこの指とまれ!!
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