マラソン交友録

2008年5月31日 (土)

マラソン交友録Ⅱ~その③カルちょこさん~

Pict0010 お待たせしました。久々のマラソン交友録です。今回は「チーム餃子」から「カルちょこさん」に登場願いました。

カルちょこさんとは、どこで初めてお会いしたのか、良く覚えていません。覚えていないけどいつの間にかすんなり私の記憶の中に入り込んでます。油断できない存在です。今では、楽しいマラソン仲間の一人です。

カルちょこさんは、もともとバドミントンをしていて、そのトレーニングでマラソンを始めたそうです。今ではバドミントンとマラソンと二足の草鞋ならぬシューズを履いて頑張っています。なかなかできることではありません。
そのため、トレーニングのし過ぎなのでしょうか。それとも女性だからなのでしょうか。かなり極度の貧血らしいのですが、それでも走ることもシャトルを打つことも止めません。もちろん、仕事も家事も???

実はカルちょこさんって、アレレ????と感じるときがあります。「まる高マラソン」のカキコで、たーじーとのやりとりが、良く理解できないのです。たーじーのカキコやラン句はなかなか難しくて理解不能のことが多いのですが、そんなたーじーのカキコに対して堂々とやりとりするのですからアレレ???です。

Pict0101 そんな不思議な一面のあるカルちょこさんですが、彼女と会うとき、いつも楽しみにしていることがあります。それは、ちょっと気のきいた美味しいものを持ってきてくれることです。特に走った後でいただく「冷たいフルーツやトマト」などは、熱くなっている体には、ほんとうに美味しく感じます。文句なしにうれしくなります。いつも感謝してます。
次に会うときには、どんなものを持ってきてくれるでしょう。楽しみです。
おっと、今度は私の方から何か持っていきましょうか?

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2008年4月 6日 (日)

利根川お花見ラン08

恒例になっている利根川お花見ラン、昨日4月5日に15名の参加で盛大に実施しました。おなじみ(ぐんたま&餃子組)メンバーに、まる高に最近登録したジュンジジさん、haruchan、それにY師匠に65歳のモテじいさんも加わり、賑やかな花見ランでした。

Pict0003今回のコースは、いつもより一駅遠いの「敷島駅」がスタート。それは、江戸時代の古い街道の面影を残す「白井宿」を走ってみたかったのです。敷島駅を出てすぐ、道路脇に水芭蕉が咲いていました。何となく得した気分です。
Pict0005「白井宿」は、道路の真ん中に水路が走り、あちこちにつるべの井戸が残され、両側に並ぶ民家の中にも由緒ありそうな建物がそこここにありました。その水路に沿って、八重桜の木が植えられていました。今月下旬頃に咲くのでしょうか?

渋川からは、いつものように利根川沿いのサイクリングロードを走り千湯へ。千湯でさっぱり汗を流し、美味しくビールを飲んだあとは、むそう庵の蕎麦で本日の締めとしました。
さくら満開の道中、その楽しさは、以下の写真を見ていただければ一目瞭然でしょう。その笑顔に勝るコメントはありません。
本当に楽しい1日でした。感謝!!
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2008年3月30日 (日)

マラソン交友録Ⅱ~その②さんぽさん&みなちゃん~

さんぽさんを見ていてうらやましいのです。
何がっていうと、それは若さあふれる走りで記録はぐんぐん伸びているし、パートナーのみなちゃんは可愛くて気が利くし・・・。今回はパートナーの話ではなく、「マラソン交友録」ですから、マラソンの話です。

Pict0262今シーズン、私が出場したフルマラソンのうち「佐倉」以外の3大会で、さんぽさんも走っています。対戦成績は1勝2敗で、私の負け越しです。第1戦は11月の「大田原」でした。正直言って、私もさんぽさんも準備不足というか情報不足で惨憺たる結果でした。エネルギー補給のためのスペシャルドリンクを用意しなかったために、二人ともゴールにたどり着くのがやっとという有様でした。実質二人とも負けですね。

2度目は12月の「さの」でしたが、若いさんぽさんは「大田原」の疲労もほとんど残っていなかったようです。私には、わずか半月の時間では回復しきれなかったようです。終盤にペースがどんどん落ちて走るのがやっという状態の私の横を颯爽と駆け抜けていったのが、若いさんぽさんでした。

3度目の「勝田」では、二人とも出走に赤信号が点滅していました。さんぽさんは発熱、私は首痛で、リタイアを覚悟しながらのスタートだったと思います。しかし、ここでも年齢の差なんでしょうか。終盤になってどんどん元気になっていくさんぽさん、一方でどんどん背中が丸まりジジ臭くなったヨッシーの父、ここでも残り5㎞を切ってからのが逆転劇でした。しかも、さんぽさんは自己ベスト更新ですから、若さってすごいですね。

そんなガッツあふれるさんぽさんをいつもしっかりサポートしていたのが、みなちゃんです。そのみなちゃんも、東京マラソンを完走し、今ではすっかりランスカの似合うランナーです。東京マラソンでは、さんぽさんがみなちゃんのガードランナーを務めてゴールまでサポートし、そして仲良くゴールする映像が見ていてとても好感を感じました。

さんぽさんとの次の対戦は「杉並木」でしょうか?こちらは2戦2勝です。アウェーでの対戦ですが、連勝は伸ばしますよ。1

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2008年1月19日 (土)

箱根駅伝と泡盛

正月恒例の箱根駅伝が、沖縄ではTV放送されないそうです。日テレ系列の局がないんですね。

昨年末、沖縄のさとみさんから「箱根駅伝を録画して欲しい」というメールがきました。2年前の「おきなわマラソン」では何かとお世話になった方なので、ふたつ返事で引き受けました。ですが、我が家にはVHSのビデオしかないので、息子のヨッシーにDVD録画を頼みました。2年前にヨッシーも一緒に沖縄に行っていますので、さとみさんは、彼もお世話になっているのです。録画からDVDの発送まで、すべてヨッシーがやってくれました。私は「頼むぞ!」と偉そうに言っただけです。

3日ほど前、さとみさんから感謝のメッセージと「ゆうパック」が届きました。箱を開けてビックリ、2本の泡盛(高級そうです)と、ちんすこうや黒糖、なかみ汁にソーキ汁等々、沖縄名物がビッシリ詰まっていたのです。DVDのお礼としては不釣り合いなほどの量です。かえって恐縮してしまいました。これでまた沖縄への、さとみさんへの好感度がググッとアップです。今年こそはNAHAマラソンを走るゾゾ!!Pict0444 Pict0443

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2007年12月17日 (月)

マラソン交友録Ⅱ~その①イサムくん~

ジャ・ジャア~ン。帰ってきましたマラソン交友録。しばらくご無沙汰しておりますが、新たなマラソン交友関係を暴露していきたいと思います。

Pict0140 パートⅡの最初は、昨年の「野辺山24時間リレーマラソン」で颯爽(?)とチームぐんたまにデビュー、先日のぐんたま忘年会で話題独占の「イサム君」です。

イサム君と私との出会いは、いつなのか・・・・気づいたときには出会ってました。いわゆる幼なじみなのです。中学では陸上部で一緒に長距離を走っていました。その中学は、Y先生の指導の下に、伝統的に駅伝に力を注ぎ、実際に県大会入賞など好成績を代々残していました。(Y先生は、H大学で箱根駅伝を走ったランナーでした)。

特に私たちが1年生のときの3年生を中心としたチームは、県駅伝でも優勝候補の一角にあげられる期待のチームでした。Y先生(Y師匠ではありません)は、このチームに大いに期待を寄せていましたが、結果は4位でした。これは、普通で考えると大変な成績だと思うのですが、Y先生や周囲の期待していた人たちは、喜びよりも落胆の方が大きかったようです。

2年後、私たちが3年になったとき、Y先生は体調の悪さもあったのか以前のような力の入れ方はしません。簡単に言うと諦めていたんでしょう。県駅伝には、同じ地区にシード校があったのでやっと出場というありさまでした。ところが、1区の2年生K君の快走から始まり、2区3年の私、3区3年イサム君、4区2年エポック社長さんと上位争いを続け、とうとう6区アンカーまで4位をキープしたままゴールしたのです。全く期待されていなかったチームが県駅伝で4位になるという快挙、Y先生はどう感じたのでしょう。

卒業後、イサム君とは別の高校に入学しましたが、二人とも陸上を続けていました。あるロードレース大会(10㎞)、ずるずる後退する私に付き合って二人併走して高校生最下位でゴールしたこともありました。いつも大会で会うたびにバカなことをしていたような気がします。K女子高のAさんのこと、私の高校の女子マネのこと。思い返すと恥ずかしいことばかりです。これもみんなイサム君と私がアホだったからなんでしょう。

そのイサム君、実は20代の頃にマラソンを走っていたのです。まだ市民ランナーという言葉もなかった(?)時代にフルマラソンを走っています。高校卒業後も競技者だったわけですね。3時間10分台の記録を出していたということですが、秩父マラソンというアップダウンの多いコースだったそうですから、なかなかの好記録と言えそうです。

そして、久々に走ったのが、野辺山でした。もともと膝の具合が悪く、さらにこの時に無理したツケで、今は走れないそうですが、故障が癒えたら、また走りたいといっています。古くて新しい仲間を歓迎したいとお思います。

連絡 12月30日、イサム君の家(深谷市)で餅つき行います。みんな遊びに来いということですので、昼飯代わりに餅を食べに行きましょう。もちろん飲み物もありますよ。田舎の餅つきに付き合いたい人はこの指とまれ!!

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2007年2月 1日 (木)

ネオスさん~マラ交⑪~

久々のマラソン交友録です。今回はサブスリーへの期待が高まるネオスさんです。http://moerutoukon.seesaa.net/ゆっくりランニングでお気楽ダイエット ~RUNNING PUB~

漢字で書くと根雄だそうです。本人曰く「巨根の根に♂♀の雄」だそうです(?)

さて、ネオスさんとはいくつかの大会で一緒になっていますが、いつも私が負けているような気がします。1月の谷川真理ハーフでも、ネオスさんの背中を見ることも出来ずに完敗でしました。マラソンPict0117大会だけでなく飲み会でも負けの連続です。ただ一度だけ私が勝ったような気がするのは、ネオスさんが、新町駅のキオスクで買 った焼きそばパンを高崎線の列車内で、うれしそうに食べていたにもかかわらず、全く覚えていなかったとういうときだけでしょうか(?)

これは、一昨年春、ぐんたま企画の「三川四橋巡り(ツアー)」の仕上げに入った千湯で汗を流し・飲んだあとのことです。走った距離は三〇キロ弱でしたが、暑いPict0108_2日でいくら飲んでも渇いたのどを潤せないと、淡麗生の空き缶が摩天楼のように林立したときのことでした。他のぐんたま企画にも東京からわざわざ参加してくれ、いつも惚れ惚れする飲みっぷりです。

ビールでは、ぐんたまの若こと「よ~ぢくん」と張り合って力を発揮していたネオスさんですが、最近は走る方の力もぐぐっとつけてきたようです。今年に入ってからは、谷川真理、新宿シティとハーフマラソンで自己新を連発し、記録を1時間23分台まで引き上げました。この調子を維持すれば、2月の東京マラソンでは、念願のサブスリー達成が濃厚です。身近な人がサブスリーを達成すると私自身にとっても大いに励みになるでしょう。ぜひ、ネオスさんには頑張って、市民ランナーの勲章(サブスリー)を手に入れてもらいたいと思います。頑張れ、ネオスさん。

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2007年1月27日 (土)

めぬま駅伝競走大会2007

今日(1/27)、第20回熊谷めぬま駅伝競走大会が行われ、我が「チームまる高ぐんたま連合」がデビュー戦で10位の好成績を収めました。一般男子の参加は約50チームですので、大健闘でした。

レースは、好天に恵まれ、上位チームは好記録で次々にゴールしました。我が「ぐんたま連合」は、1~3区を走った群勢の好位置を4・5区の玉勢がさらに押し上げ堂々10位でゴールしました。ライバルの本庄北高酔走学部にはなんと2分30秒あまりの大差を付けました。レース後は、両チームとも「辻九」にて昼食(カツ丼と蕎麦のセット)をとりながらくつろいで来年の健闘をたたえ合い解散しました。

写真:「勢揃いしたぐんたま連合」「スタート前の緊張(よ~ぢくんが横断幕の大の下)」「ゴールへカーブを切る酔~いどんさん」「健闘をたたえあるスタート&アンカー」  Pict0146Pict0151Pict0153_2Pict0156

記録は以下の通りでした。                             

                     区間成績 通算成績
1区(2.7㎞)  よ~ぢ      ⑯ 10:10     ⑯ 10:10
2区(3.2㎞)  Ming         ⑳ 12:18       ⑮ 22:28
3区(1.4㎞)前橋のランきち 31  05:51    ⑯ 28:19
4区(2.1㎞) ヨッシーの父    ⑥  07:42      ⑬ 36:01
5区(2.7㎞) 酔~いどん   ⑮  11:05      ⑩ 47:07

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2007年1月 7日 (日)

グンタマ強化練習会?

Pict0094昨日(1/6)、マラソン本番(勝田Mや東京M)にむけたグンタマ強化練習会を熊谷スポーツ文化公園http://www.pref.saitama.lg.jp/A10/BD00/home/kouensyoukai/kumaga.htmlで行いました。参加者は写真のメンバー+私の10名です。あいにくの雨のために、屋外での練習はあきらめ、陸上競技場バックスタンド下に設けられた室内練習場(直線の100mコースが4レーンあります)などを利用しての練習会となりました。陸上競技場の利用料は、一人200円。この室内練習場は空調設備もある優れものです。

我々の他に、地元のK女子高陸上部(12月の全国高校駅伝に出ました)や県内の某中学、そして都道府県対抗駅伝を前にして新潟県からも女子チームが練習に来ていました。

若くハツラツとした女子高校生ランナーの走りに、おじさんランナーたちは大いに刺激を受け、いつもより気合いが入り、かなりスピードを上げて走っていたようです。しかし、彼女らの後をピタッと付いて走る薄着になったオジさんの姿はチョイエロオヤジを通り越したものがありました。一人の時は、決して追走しないようにしましょうね。(誰のこと?)

練習会後、湯楽の里→秀萬→カラオケとおなじみのフルコースでお開きとなりました。

おまけ:練習会を月例にしようという声も出ました。今後、検討していこうかと思います。  

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2006年12月 9日 (土)

テグラ・ロルーペ ~マラ交⑩~

Pict0161_2  マラソン交友録の第10回記念ということで、今回はテグラ・ロルーぺさんです。今までの身近な人たちとはちょっと違う人で、ここで紹介していいのか考えてしまいますが・・・。

 さて、酔~いどんさんがブログ「呑兵衛おやじが駆ける」で記事にしていた朝日新聞夕刊の「ニッポン 人・脈・記 マラソンに焦がれて」の昨日(12月8日)は、有森裕子さんでした。その右上の見出しに燃え尽きた銀再起の銅、そして左下にゴールの先「心の金メダル」と、オリンピック2大会連続メダル獲得後の彼女が立ち上げたカンボジア支援のNGO「ハート・オブ・ゴールド」が紹介されています。この記事の最後に、女子マラソン元世界記録保持者(高橋尚子さんが2時間20分を着る前の記録)のテグラ・ロルーペさん(ケニヤ)の活動も紹介されています。

 そのテグラ・ロルーペさんと私は1度お会いしています。正確には2度かな?
 それは昨年7月に行われた仙台国際ハーフマラソン終了後のフェアウェルパーティー会場でのことでした。私は、まる高の仲間、隠居じさま、yuki'sさんと一緒にパーティーに参加し、美味しい料理とお酒をいただいていました。その会場に女子の部で優勝した招待選手の彼女もいたのです。
Pict0042 食べて飲んで、楽しくおしゃべりして、だんだん気持ちのゆとりができ、隠居じさまとともに有名選手に写真とサインをねだりに会場内をまわり始めました。このとき、隠居じさまは用意してきた水戸黄門の被り物をして、会場のあちこちから笑いを誘い、各国から参加した選手たちと友好を深めました。そのとき、一緒に写真を撮った選手の1人がテグラ・ロルーペさんだったのです。ちなみにこのとき一緒に写真を撮った選手には早田俊幸さん、市川良子さんなどがいます。

 帰途、仙台駅で新幹線に乗ると私たち夫婦の前の席に、ロルーペ選手が座ったのです。偶然にもほんの3時間ほど前にパーティー会場で写真を撮った彼女と再会したのです。そこでデジタルカメラの液晶画面に先程撮影した写真を彼女に見せると大変喜んでくれました。しばらくして彼女が振り返り、名刺を手渡しながら、写真が欲しいので送ってくれというのです。
 帰宅後、彼女にもらった名刺に記されているHPを開くと、昨日の夕刊記事のような彼女の活動が紹介されていました。世界各地の大会に出場し、そこで得る賞金や出場料が彼女の活動を支えているのを知りました。

 後日、写真はメール(英語の文面は苦労しました)に添付して送りました。しばらくして簡単な返信が来ました。

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2006年11月11日 (土)

はやみくん・・・・・マラ交⑨

マラソン交友録、略してマラ交の9回目は「はやみくん」です。

はやみくんと最初に顔を合わせたのは、荒川市民マラソンだったように記憶しています。何年前だったでしょうか?まだ、まる高ののぼり旗「頑棒」がない頃で、メンバーが集合するのも苦労していたと思います。その時の印象は、胸に「はやみくん」と書いたお手製のゼッケンをつけた変な奴というものでした。Pict0128

 

                               

                2度目の印象に残っているのは、今回で5回目を数えるグンタマの記念すべき第1回忘年会に、単身熊谷の居酒屋に乗り込んで来たことです。我々が会場の居酒屋に着いたときには、すでに奥の薄暗い席で待っていました。それ以来、走ることはときどき忘れても、宴会だけはかぎつけ、今年も12月16日(土)足利鹿島園の「グンタマチギ忘年会」に参加予定で、皆勤賞の更新をねらっています。写真手前がはやみくんです。ビール大好き人間のようです。(奥に同じく飲んべえのたくちゃん、ふくちゃんとあまり飲めないまっきい)

 これでは、ただの若手飲んべえで終わってしまいますが、実はかなりの子煩悩であります。休日などは結構良いパパしているようです。そのへんの様子は、はやみくんのブログ「はやみくん・・・・みずほ台の巣箱から: 夏の思い出」を見てください。ただし、忙しいのかめんどくさがりなのか更新は、忘れた頃にしかありません。たぶん、最新の記事は夏休みのままかな?

 実は、私ははやみくんに大いに期待していたのです。もちろん、マラソン選手としての期待です。ところが、ビールは忘れることがないのに、走るのは忘れることが多く、その分が正直に体型に反映するタイプのようで、陸上選手(競歩)としての素質をマラソンには生かし切れていないようです。スピードは十分あり、まだまだ若いのですから、十分に走り込んで体重を落とせたら良い選手になれると思います。でも、ビールが好きなのね。残念です。

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2006年10月19日 (木)

よ~ぢくん・・・・・マラ交⑧

マラソン交友録、略してマラ交の8回目はよ~ぢくんです。

よ~ぢくんといっても幼児ではありません。(ちなみに幼児にハムはつきません) お子さんを持つ立派な(?)大人です。よ~ぢくんもまる高のメンバーであり、何となく若手演歌に似ていることからグンタマのワカ(バカではありません、若です)、あるいはプリンスと言われ(誰が言ってるかは知りませんが)、将来を期待されている逸材です(どういう将来だろ?)。

かつては長髪で肥満気味だったよ~ぢくんは、ダイエットのために走り始め髪も短くさわやかにカットし、今ではウルトラマラソンもこなすマラソンランナーに変身しました。最近はスピードに磨きがかかり、一部では「そろそろサブスリー」の声も囁かれ始めました。実際、100㎞を走りきるスタミナにスピードが加われば、そういう声が出ても不思議ではありません。

ところが、その可能性を自らす狭めているのです。何かというと、それは底なしと思われるほどビール好きということです。飲み始めたら止まりません。いくら飲んでも顔色ひとつ変わらずに飲み続けます。その量が半端でないことが、体重管理を難しくしているのです。走行距離は月間300キロを超えることが多く、昨年10月はなんと586㎞を記録しています。にもかかわらず、油断するとオーバーウェイトになるようです。ビールの飲み過ぎが原因です。つまり、よ~ぢくんのサブスリー達成の確率は、走行距離と比例するのではなく、ビールを飲む量と反比例するのではないでしょうか。

よ~ぢくん、ビールを少々抑えてサブスリーをねらいますか?それともやはりビールの魅力が優先ですか?

おまけ

よーぢくんがビールを飲み過ぎて帰宅後に玄関でダウンしたことがあるそうです。そのときに飲んだのが「千湯」で、この写真のときです。もう壊れかけてますね。Pict0084

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2006年10月 4日 (水)

井伊華源さん・・・マラ交⑦・・・

まる高マラソンのHPが立ち上がったのが1998年11月22日だそうです。もうすぐ8年になりますが、私は翌年の3月に参加し、登録番号が42です。井伊華源さんは、登録番号が45ですので、私とほぼ同じ頃からのメンバーです。

ほぼ同じなのはナンバーだけでなく、実力(もちろんマラソンの)もほぼ同じで、埼玉県人ということもあり密かにいい競争相手だと思っていました。ただし、年齢は私の方が10歳ほど上らしいのですが・・・。

そして、その競争意識が互いに刺激を与え合い、すばらしい結果を生み出したのが2003年のことでした。2月の勝田マラソンで私が井伊華源さんより一歩早くサブスリーランナーになったのですが、井伊華源さんも3月の荒川市民マラソンでサブスリーランナーの仲間入りを果たしたのです。何度もねらっていてもなかなかでなかった記録が相次いででたのです。

実はこの間に私たちは、京都で会って一杯飲みながら話しているのです。井伊華源さんが、友人と京都シティハーフマラソンに出場し、私もちょうど旅行でかの地を訪れていたのです。遠く埼玉を離れた京都木屋町の店の片隅で、井伊華源さんは私のサブスリー達成を祝ってくれました。そして、私の話を聞き、彼自身もその可能性を大いに意識したようです。その予感は、確実なデータに裏付けられていました。2月16日の青梅マラソン(30㎞)で1:58:58、そしてこの日(3/9)の京都シティハーフでは1:22:36という素晴らしい記録をつづけてだして、絶好調だったのです。このとき私は、井伊華源さんの勢いにサブスリー達成を確信しました。

そして、3月23日の荒川市民マラソン、40km地点の通過タイムが2時間51分01秒という微妙な通過ながら、残り距離を執念のラストスパートでとうとうサブスリーを達成したのです。40キロから先を9分を切るタイムですから、鬼気迫る追い込みだったに違いありません。彼のサブスリー達成に、私も手放しで喜びました。

最後にもう一つ似ていること、それはこれ以来二人とも余りぱっとしない状態が続いていることでしょうか。そろそろ復活を期待したいところです。私自身もね。

http://www.geocities.jp/ka03kanra0031 gen_i/ ←井伊華源さんのHP

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2006年9月 9日 (土)

沖縄のさとみさん・shingoさん :マラ交6

今回はたった1度しか会っていない二人です。

Pict0028今年2月のおきなわマラソンに息子のヨッシーと二人で参加したときに大変お世話になったのが、さとみさんとshingoさん(夫婦ではありません)です。お二人ともまる高マラソンの会員で、参加大会に出場することを書き込んでおいたところ、地元走友会の方々とともに、私たち親子を暖かく迎えてくれたのです。shingoさんは、私たちが沖縄入りする前から電話で何かと心配してくれました。

Pict0027_1大会当日は、朝早くから陣地を確保して待っていてくれました。その上、走り終えた後は、おでんやそーめんチャンプルー、焼き鳥などなど沢山の食べ物、それから大好きなビール、もちろん沖縄ですから「おじい自慢のオリオンビール」 も飲みきれないほど用意してくれました。そのうえ、お土産として黒糖の詰め合わせをいただきました。感謝!!(この黒糖は、「利根川沿走快会」でグンタマのみなさんにも食べてもらいました。)

さらに、翌日夜も飲み会がセットされ、さとみさんがホテルからの送迎してくれた上に、shingoさんからは「おきなわマラソン記念泡盛」をいただきました。なんというお心遣いでしょう。この泡盛は、まだ大事にとってあります。飲み会は地元のマラソン仲間が集まってくれました。仲程さん、みやもっちゃん、りっちゃん、ももちゃん、会場となったお店「ふくやま」のオーナーの宮里さん(てだこ走友会会長)と個性的なメンバーがそろい楽しい飲み会でした。宮里さんにはオトーリを通じて泡盛の飲み方・おいしさを教わりました。親子して(特に父の私は)かなり酔っぱらってしまい、さとみさんにはご心配をおかけしました。ごめんなさい。

この沖縄滞在で一番感じたことは、沖縄のみなさんが走ることをとても楽しんでいることでした。まず、shingoさんは、結婚してからしばらくお子さんが出来なかったそうですが、マラソンを始めてから続けて子宝に恵まれたそうです。さとみさんは、走っていて今のパートナーを見つけたそうです。マラソンは生活の一部どころかもっとも重要な位置にあるんですね。世間では少子化が心配されていますが、さとみさん、shingoさんのようにマラソンをすれば、パートナーが見つかり、子宝にも恵まれるのです。次の総理大臣には少子化対策としてマラソンを奨励してもらいましょうか(笑)。

大会では、ランナーだけでなく大勢のボランティアの方々、応援するみなさんも含めてみんなマラソンを楽しんでいました。おきなわマラソンの賑やかさにビックリして「こんなに大勢が参加して、応援もすごいねえ」という私の言葉に「NAHAマラソンはもっとスゴイよ。お祭りだよ」と、言われました。いつかはNAHAマラソンにも参加しようと思います。

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2006年8月31日 (木)

ななさん ~マラ交5・北海道マラソン3~

 北海道マラソンに一緒に出場したのがななさんです。ネオスさんに言わせるとまる高のアイドルだそうです。そのアイドルと、札幌の夏をイヤと言うほど堪能して参りました。

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 この写真は、中島公園のゴール前の写真です。レースは12時10分スタートでしたので、私たちは午前中にゴール地点を確認してからスタート地点の真駒内屋外競技場(スケートリンク)に向かうことにしたのです。宿泊した中島公園近くのホテルからぶらぶらとゴールへ向かう花道を歩いてフィニッシュラインをバックに記念撮影。ご覧の通りの青空、この写真を見て、北海道を想像するのが難しい程の青さですね。まるで南国です。半ば冗談で「ゴールできないかも知れないから、今のうちに見ておこう」という会話をしていました。それが・・・現実になるとは・・・ななさん、ごめんなさい。

 真駒内には11時前についたのですが、すでに日射しは肌を刺すような強さになっており、日陰を探して陣取るのがやっと。あの炎天下では、アップをしようという気力もありません。もっとも、中島公園内、真駒内駅から競技場までとあわせて30分以上歩いたので、それをアップと考えることにして、朝コンビニで買ったおにぎりをほおばる。ななさんは、走る直前に食べると気持ち悪くなるから食べないという。良く聞くと、夜中に目が覚めたらお腹がすいていたので夜中に、また朝も9時頃に食べてきたという。さすがななさんである。でも、ゴールが4時頃になると朝食から時間があきすぎてエネルギー切れになるのではないかと心配して、何か食べることをすすめたがななさんは食べなかった。

Pict0026 荷物をトラックに預ける前に二人そろって記念撮影、北海道がプリントされている大きなランドリーバッグに着替えなどを詰めて預けるのです。かなり大きめの袋ですが、 レース後にすぐ帰宅する人などはパンパンにふくれていました。そして、炎天下の真駒内競技場内で30分ほど待たされ、いよいよスタート。(レースの模様は省略)

 レース後半、ペースダウンし歩き出した私の後からななさんがいつ来るのか心配で、歩きながら、給水しながら何度かふりかえった。結局、ななさんは32㎞過ぎでリタイア。初めて収容バスの人となったのです。今月はあまり走っていないようで、気持ちもそれほどでもなかったようです。

Pict0032  札幌パーホテルで6時からのフェアウェルパーティー。ななさんを乗せた収容バスが中島公園に到着したのが5時を過ぎていたので、ななさんは若干遅れると思いきや、ちゃんと乾杯には間に合っていました。あまり食べるものがないといいながらななさんは積極的に料理を取り口に運んでいた。32㎞でリタイアしたので、ダメージが少ないという。一応42㎞を走りきった私は胃腸もヘロヘロで大きなダメージが残り、ビールも料理もあまり受け付けてくれなかった。

 ☆ 前回01年に師匠と参加したときは6時の時点で食べるものほとんど無くなっていたが、師匠の機転で来賓席に接近してなんとか食料にありついた。ところが、今回は乾杯が終わるまでは飲食はしないで・・・という放送があり、されに来賓席・入賞者席は囲いがされていてでが出せないようになっていた。 色々反省が生かされ、対策が講じられているようだ。 ★

 料理を一通り堪能した我々(?)は、サッポロビール園に場所を移して第2ラウンドへ。ここでもななさんの前に私の胃は縮こまったままで食は進まなかった。でも、たまにはビール園のような雰囲気はいいものだ。ビックリしたのは、サッポロビール園の中ジョッキ(800cc)は大瓶1本が楽に入る大きさだったことです。小ジョッキ(600cc)が最近の中よりも大きいのには嬉しくなりました。大ジョッキ(1200cc)は、持ち上げのも重そうな雰囲気でした。胃腸も元気な時に再挑戦したいな。ななさん、また北海道へ行くかい?

Pict0046 おまけ : 翌日、話題の旭山動物園まで足をのばしました。シロクマ、アザラシ、オラウータン、ライオン、ヒョウ、チンパンジー、ニホンザル、ペンギン・・・・いろいろんな動物を観察。でも、一番よく観察したのは人間だったかな。昼はラーメン。ななさんはみそラーメン大盛りでした。

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2006年8月24日 (木)

酔ーいどんさん・・・マラ交④・・・

 マラソン交友録、略してマラ交の4回目は、「酔ーいどん」さんです。

 酔ーいどんさんとは、私の高校時代の先輩が中心の陸上競技クラブ「さくら走」に私が加入して知り合いました。クラブといっても陸協登録のための団体で、その活動は年に2度ほど飲み会をするくらいです。「さくら走」はマラソンチームとしての実績はなく(個人としては優秀な市民ランナーはいます)、「まる高」「グンタマ連合」のようなランにまつわる活動はしていません。

 「さくら走」の飲み会の折りに私が「まる高」を話題にしたことがきっかけで酔ーいどんさんも「まる高」に加入し、グンタマのメンバーとして各種行事に積極的に参加するようになり、酔ーいどんさんの活動の軸足も完全に「グンタマ」寄りになりました。ちなみに彼の職場には「まる高」のメンバーが多いようです。

 私は同じ1955年生まれの酔ーいどんさんは、私にとって良き競争相手です。特に10㎞15㎞のレースでは、 どちらかが調子悪い方が負け、というくらい勝ったり負けたりの繰り返しです。そして、酔ーいどんさんには勝てないなと思うことがいくつかあります。それは次のようなことです。

 その① 走ることにとても真面目に取り組み、熱心であること。特に帰宅時間が遅くなっても24時前なら、夜中でも必ずに走ること。 

その② 夜中24時を過ぎてから「まる高」HPにアクセスして、走りながら一生懸命考えた駄洒落を誰はばかることなく、真面目に書き込んでいること。 

Pict0098_1その③ ハンドルネームのごとくお酒が好き(とりわけビール)で、飲み始めたら止まらなくなり。写真のように空き缶が散乱することになった。

目の前の空き缶は、全部・・・・・

その④ プリンやゼリーなどのデザート類を大会などに持ってくる。いつも細やかな気づかいを忘れないこと。

 そんな酔ーいどんさん、元々スピードはあるうえに昨年は距離も走るようになり、満を持して12月の佐野マラソンで久々のフルに挑戦。いきなり3時間切りを目指したが、現実は甘くなかったようだ。見事撃沈。(私としては期待していた一方で、50代サブスリーを先に達成されなかったことにほっとした。)佐野マラソン以降、故障がちのようで心配していたところ、この夏はむち打ち症にぎっくり腰と走るどころではなくなっているようです。でも、走ることと駄洒落が大好きな酔ーいどんさんは、「ムチウチと ギックリ腰の 夏去りゆく」とまる高のラン句で読み、秋からのシーズンに思いをはせているようだ。早く故障を治し、一緒に走りましょう。

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2006年8月14日 (月)

前橋のランきちさん&乱姫 ~マラ交③~

 グッチさんに出会ってちょうど4カ月後の2002年8月末、「あかぎ大沼白樺マラソン」で初対面を果たしたのがこの二人、ご存知「前橋のランきち&乱姫」さんです。 当時、この二人、ランきちさんはまる高マラソンに加入したばかりの新人で、乱姫は未加盟でした。まる高マラソン加入のきっかけは、8月初めの「今市(現日光)杉並木マラソン」で、ラン中さんがおっ立てた頑棒を目にしてだそうです。乱姫という名前は、勝田マラソンの打ち上げでまる高会長が直々に命名したものです。また、正式加入は、彼女自身のお好みの登録番号(696)が巡ってくるまで待っていたようです。なぜか6と9が好きなようです。

 こうして、利根川をはさんで、グッチさん、前橋のランきち&乱姫さん、そして私(ヨッシーの父)が顔をそろえて、「グンタマ連合」が結成され、マラソンを通じて様々な活動(すべては飲み会につながるのですが・・・)が始まります。とにかく走るのが好きなのはいうまでもありませんが、お祭り好きのメンバーがそろったのです。グンタマの企画は、みんなでワイワイしながら決めることが多いのですが、それを実行する段階では、「ランきち&乱姫」さんの人柄が、決め手となります。今まで、グンタマで実行してきた主な行事は

Pict0088☆ 忘年会=すでに4年連続して行われている。今年も計画中

☆ 赤城走り込み合宿=赤城大沼湖畔で2年連続実施。

☆ GW利根川ラン=ゴールは千湯(写真)。2年連続で実施。

☆ 利根川沿走快会=群馬県渋川~千葉県銚子まで、5回に分けて利根川を走破。

 どの企画も参加者が10名を超えることが多く、らんきち&乱姫さん二人の人柄が、多くの人たちを引きつけている結果だともいます。私ももちろん二人に惹かれています。

 グンタマのメンバーと知り合う前は、ただ走るだけだったのですが、今では走る以外の楽しみが走ることで生まれました。私のマラソン人生(大袈裟か?)は、グンタマ連合結成で、大きく変わったのです。もちろん、マラソン人生が豊かになりました。グッチさん、ランきち&乱姫さんに感謝。ありがとう。

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2006年8月11日 (金)

グッチさん~マラソン交友録②~

 「まる高マラソン大会」http://homepage3.nifty.com/takagi7/marutaka.htmは、まる高会長が1998年11月に開設・主催するHPです。私は1999年3月に参加した会員番号42の会員歴7年を過ぎた古株です。ちなみに最新会員は8月8日登録の「たかさん」0987です。あと少しで1000番の大台に乗ります。

 このHPが「@niftyホームページグランプリ2001」を獲得して、会長の好意によりその賞金の一部がのぼり旗「頑棒」作成に使われました。これで会員が大会で顔を合わせやすくなりました。私もその1本をいただき、初めて大会会場におっ立てたのが第3回前橋シティマラソン(2002.04.28)でした。その初おっ立てを目印にやってきたのがグッチさんで、これがグッチさんとの出会いでした。グッチさんは会員番号41で私より1番だけ古い会員で、しかもまる高会長とはかつて同じ職場で働いていた同僚だったそうです。

36jk1_1 この大会、私はY師匠と参加しましたが、その応援に生徒二人がかけつけてくれました。生徒の応援があるわけですから、一段と気合いが入ったのは言うまでもありません。ところが、グッチさんは、女子高校生たちとのおしゃべりに夢中で、私が必死で走ってゴールするのも気付きません。結局、生徒たちの応援もグッチさんの応援もないままのゴールとなったわけです。いったいグッチさんは何しに来たのでしょう。困った奴です。写真左がグッチさん、二人の教え子(当時3年生)をはさんで右が私。

 出会いの時からこれですから、その後も話題(事件)に事欠かないのがグッチさんです。しかもこの出会いが私のマラソン人生を大きく変える(狂わせる)きっかけとなるわけです。その狂いは、グッチさんとの出会いから4カ月後、ある夫婦と出会うことで決定的なものになります。次回はその夫婦について。

@niftyホームページグランプリ2001」グランプリ受賞記念「チームまる高」ニューのぼり旗、「頑棒、立つ」

↑これがチームまる高ののぼり旗「頑棒」です。この旗を立てることをおっ立てという。

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2006年8月 2日 (水)

Y師匠~マラソン交友録①~

マラソン交友録の第1回目はY師匠です。

Pict0100Y師匠とは今年3月までの5年間、同じ職場で過ごしました。この間、北海道マラソン2001をはじめとして、各地の大会に同行し、日頃も利根川の土手やグランドをよく並走しました。 不思議なことに二人とも誕生日が5月26日です。もちろんY師匠の方が7歳年長です。5年前、Y師匠が異動してきて同じ職場になる前から、一応面識はありましたが、同僚となってからはマラソンランナー同士であることで親しくしていただきました。感謝!!

私がY田氏をY師匠と呼んでいるのは、Y師匠のマラソン実績に敬意を表してのことです。Y師匠とマラソンのことを話すうちに50歳を過ぎてから2度もサブスリーを達成していることを知ったのです。もちろんその当時の私はサブスリーは遠い目標に過ぎませんでした。一緒にトレーニングする上で、Y田氏は私にとってマラソンにおける師匠となったのです。

利根川土手を並走しながら、マラソンの話題は尽きることがありませんでした。そして、身近にサブスリーランナーを迎えたことで、サブスリーが単なる目標ではなく実現可能な手の届くところにあることを実感するようになりました。また、Y師匠も私に対して「この調子ならサブスリーは達成できるよ。」といい、その言葉通り2003年2月の勝田マラソンに於いて、私は2時間56分57秒のタイムでゴールしたのです。

市民ランナーとしての勲章サブスリーを達成できたのは、Y師匠とのトレーニングそしてアドバイスのお陰だと今も思います。Y師匠に感謝!!!

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2006年7月16日 (日)

35年前の悪ガキたち

市民マラソンに再デビューから10年余り、マラソンを通じて大勢の個性豊かな紳士・淑女のみなさんと知り合うことが出来ました。そのみなさんのおかげで、私の生活も更に活気があふれ、変化に富んだ楽しいものになりました。特にインターネット上のまる高マラソンhttp://homepage3.nifty.com/takagi7/marutaka.htmを通じては、全国各地に友人が出来ました(まる高会長に感謝)。この「マラソン交友録」はそんな友人たちとのふれあいを紹介するものです。

ところで、私は中学・高校と陸上部に所属して中距離(400m、800m)を中心に走っていました(だから市民マラソンに再デビューなのです)。マラソン交友録の前に、今回はそんな高校時代の仲間のことです。

前置きが長くなりました。私の高校入学は1971年です。在学中に連合赤軍事件、日中国交回復、オイルショックと政治・経済・社会を揺るがす大きな事件が次から次に発生するという高度経済成長が末期を迎え、日本の社会が大きく軋んでいるような時代でした。でも、高校生の私たちは仲間と走ったりおしゃべりしたりできれば、それだけで楽しい毎日を送っていたような気がします。そんな仲間の35年たった姿がこれです。

Pict0057_6  みんなお腹がポッコリでて、髪が薄くなったり白くなったりと、中年も晩期にさしかかった雰囲気です。彼らとは、毎年7月に23歳で事故でなくなった同じ陸上部だったKの墓参りをして、そのままどこかの温泉に1泊しています。今回は15・16日に信州別所温泉に行きました。(写真は国宝「安楽寺八角三重塔」の前で、写真左から砲丸?、砲丸?、ハードル、棒高、中距離の元選手たち)

飲んで食べて歌ってと夕方6時に始まったイベントは12時過ぎまでつづき、50歳を過ぎた身には少々ハードな日程でした。しかし、この日ばかりはあのころの悪ガキに戻ったようなはしゃぎぶり、そういえばカラオケの歌も新曲といいながら昔を思い出させるようなものばかりでした(世間では懐メロという)。歌で盛り上がり、それにまつわる思い出話に花が咲き・・・毎年同じことの繰り返しです。でも、これが楽しいのです。何の利害もない仲間とのひとときはホントに楽しいです。無礼も非礼も通り越した仲間たちっていいものです。

こんな仲間たちをつなぎ止めていてくれるのは、Kです。私の脳裏に浮かぶKの面影は相変わらず高校生のままなんだよね。おまえだけ若いままなんて、Kずるいよ。

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