ぶらり

2008年7月14日 (月)

ちょっと眠気覚ましに寄り道

Pict0234HONDA24時間駅伝を早退しての帰りのことです。何しろ30分程度横になっただけで、まったく寝ていなかったので、帰りの運転が心配でした。特に高速道路で眠気が襲ったら一巻の終わりですから、すぐに車を停車できる一般道を走って帰ることにしました。

4号線に入ってしばらくするとナビの画面に「薬師寺」という文字が写っていました。ちょうど眠くなってきたので、ちょっと寄り道することにしました。薬師寺といえば、奈良の薬師寺をまずはじめに思い出しますが、下野の薬師寺も実は有名なお寺なのです。かつては日本三戒壇のひとつに数えられていました。戒壇とは、正式な僧侶になるために授戒するところという意味です。他の二つは、東大寺の戒壇院(これは、鑑真が設けた)、太宰府の観世音寺です。Pict0239ということですから、かなり格式の高かったお寺だったわけです。 残念ながら、室町時代に安国寺というお寺になり、現在は旧薬師寺と添え書きがされています。 こちらの六角堂が戒壇跡に建てられていました。

実は、日本史の授業で、弓削の道鏡が宇佐八幡神託事件で都を追われて、この薬師寺に左遷されたということをやったばかりだったので、寄り道したのです。眠気覚ましの散歩は、30分ほど続きました。

すぐ近くに薬師八幡社があり、ここも寄ってみました。社殿の後の小山は古墳かも知れませんが、何の表示もありませんでした。大きな社殿を囲むように小さな社がいくつかあり、その中に面白い社を見つけました。Pict0246こちらです。 金精様と書かれていますが、・八幡の金精様 ・弓削の道鏡様ともあり、御利益は「夫婦円満」「子孫繁栄」とあります。そしてその社の中には、こんな石が二つ並んでチン座していました。左側が道鏡様、右側が金精様のようです。

Pict0247道鏡が、都を追われた理由は、宇佐八幡社の神託を利用して次の天皇に即位しようと謀ったからなのです。道鏡は、称徳天皇(女性の天皇)の寵愛を受けて、法王という地位を手に入れ、更に天皇になろうとしたのです。称徳天皇を思い通りに操った道鏡、こんなところから巨根伝説が生まれたようです。そして、その伝説が「夫婦円満」「子孫繁栄」、こういう信仰につながったのでしょうね。

お陰様で、眠気は吹っ飛び、私も元気になり帰路を急ぎました。

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2008年7月 1日 (火)

十和田湖遠征おまけ(6/23朝)

前夜は、海の幸をふんだんに使った料理をいただき、食後には津軽三味線の民謡ライブを聴き、10時からはBSで『篤姫』をみて、いい気分で布団に入りました。

翌朝、5時前に起き出して、鰺ヶ沢の町を探索に行きました。もちろん早朝ジョギングです。漁期ではないのか漁港付近もあまり賑やかではありませんでした。「道の駅」ではなく「海の駅」を発見しましたが、早朝なのでまだあいていません。ここに付属するカタチで「相撲資料館」がありましたが、ここも当然開いていません。この町は舞ノ海の出身地らしいのですが・・・詳しいことは分かりません。

そんな鰺ヶ沢Pict0190_2 の町を走っていて、面白いものを二つ発見しました。一つはこれです。胸肩神社です。漢字を見たときには全く?????で、何だろうと思いましたが、「ムネカタジンジャ」と読んだとき、これは「ムナカタ神社」なのかと思いました。福岡県の「宗像大社」の流れをくむ神社なのだろうと気づいたのです。帰宅後、胸肩神社をネットで調べると青森にはいくつもあるようです。そして海運の交通安全の神様だとか。読み方も「宗像神社」と同様に「ムナカタ」と読むようです。

さて、もう一つはあるもの自動販売機です。
問題 「私が初めて見たこの自動販売機は何を売っているものでしょうか?」
ヒント 「ここが海辺の町だということです。」
1時間ほど走りましたが、この自動販売機を見かけたのはここの1カ所だけでした。
答えはこちらです (つづく)

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2008年6月30日 (月)

十和田湖遠征おまけ(6/22)

ひめますマラソンは、十和田湖西岸の道路を完全に規制して行われます。そのため、規制が解除される12時半頃までは、レースが終わってもその辺をブラブラするしかありません。そんなわけで、表彰式を終えて昼食を食べてから、1時過ぎにこの日の宿泊地である鰺ヶ沢へ出発しました。

十和田湖畔はドンヨリした曇り空で風も冷たく感じられましたが、十和田カルデラの外輪山を超えると天気は一転して夏を思わせる青空でした。山を抜け津軽平野にかかると正面には堂々とした山がでんと構えています。初めて見たにもかかわらず、それが岩木山であることはすぐ分かりました。Photo_2 鰺ヶ沢のホテルは、海岸から少し隔たった高台にあります。その部屋からはご覧のような日本海に沈む夕陽を見ることができました。露天風呂からも見えると思います。
翌朝、海岸に下りてみると、砂浜にこんな風紋が描かれていました。どちらも芸術です。海無し県の住人としては何よりのご馳走でした。(つづく)Pict0185

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2008年6月28日 (土)

十和田湖遠征おまけ(6/21)

新幹線は速いです。熊谷駅を7時30分に出て、大宮駅で東北新幹線に乗り換え八戸へ。停車駅は仙台・盛岡・三戸だけ、11時前には八戸駅に到着です。八戸で在来線に乗り継ぎ、12時前には青森駅に降り立っていました。青森駅からは「トレン太くん」です。
昼食場所を探しているうちに第一経由地の「棟方志功記念館」についてしまい、その駐車場に車をおき近くの寿司店に「づけのちらし」を食べる・・・・飯がいまいちかな???という感想。

棟方志功は、青森が生んだ天才画家、埼玉にもゆかりがあります。すでにこのブログでも紹介しましたが、「うまい、うますぎる」のコピーでおなじみの十万石饅頭の包装紙をデザインし、「うまい、うますぎる」のコピーも合わせてつくっているのです。http://yossy-papa.cocolog-nifty.com/run1/2008/05/post.html
大きな建物でなく30分程度でぐるりと回れ、疲れることなく最後の作品までゆっくりと鑑賞できるところが、なんともにくいですね。版画ではなく画と棟方志功は言ったそうです。板に命を感じ、それを表すのが彫り手の仕事とのことです。わかるような・・・・???。

その後、「トレン太くん」は八甲田山中を彷徨せずに一路十和田湖へ。途中、奥入瀬渓流で小休止、ほんのわずかでしたが、渓流沿いの小径を散策。新緑とあふれんばかりの澄んだ流れが清々しかったですね。奥入瀬渓流1 Photo_2Photo_3

奥入瀬でリフレッシュして、十和田湖へ。この日の宿は、34年前に宿泊した「湖畔荘」。もちろんその後、建て替えられきれいになっていた。しかし、その頃とは比べものにならないくらい湖畔の賑わいはありません。大きなホテルが閉鎖されていたり、お土産物屋をのぞいている客もいません。Photo_4スワンボートも写真のように陸に上がったままです。
もっとも、そのお陰でゆっくっりできました。
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翌日はマラソン、この日は朝も早かったこともあり早々に酔っぱらって寝てしましました。つづきは次回。

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2008年4月29日 (火)

白井宿「八重桜祭り」・・・いい感じでした。

27日に行われた「前橋シティハーフマラソン」に出場した後、白井宿の「八重桜祭り」に行って来ました。マラソンコース上15㎞地点の折り返し前後にあった八重桜はちょっと盛りを過ぎていたようですが、白井宿では満開でした。

天気にも恵まれ、三台の立派な山車がきれいに咲いた八重桜に負けないくらい青空に映えていました。そこで撮った写真を何枚か紹介します。デジカメから直なので重いかも知れません。

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八重桜(熊谷スポーツ文化公園)

Pict0070_2 26日の熊谷スポーツ文化公園です。八重桜の花びらが緑の芝生の上に散って印象的だったので、一枚撮りました。

八重桜といえば、利根川ランで訪れた白井宿は27日が八重桜祭りでした。近々、その記事をアップする予定です。写真もたっぷりありますよ。

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2008年4月26日 (土)

08群馬の森クラフトフェア

お久しぶりでございます。このところ珍しく忙しく余裕がなかったもので・・・。

Pict0071 さて、今日は午後からあいにくの天気になってしまいましたが、「群馬の森クラフトフェア」に行って来ました。現地に着いたときはまだ降っていなかったのですが、帰る頃にはポツポツと雨が落ちてきていました。そのため、私が行った過去2回に比べて、来場者数はかなり少なかったようです。明日は初夏の晴天が予想されていますので、大きな木の下で行われているクラフトフェアを散歩気分でぐるり回るのもいいでしょうね。

今回も友人のオサムくんが、木曽の山から漆器の店を出しに来るので、ちょっと顔出ししてきたのです。私がいるときに商品が売れたのです。今まで何度か訪れましたが、初めての売上です。
私は、今回は「黒胡椒煎餅」の差し入れだけで、何も買いませんでした。その代わり、オサム君からは信州の「五一ワイン」を頂きました。「エビで鯛を釣った」感じです。ごっつぁんです。
Pict0075何も買いませんでしたが、実は飯椀を注文してきたのです。今年の冬は寒かったせいか、「陶器のご飯茶碗は冷たいね」という夫婦の会話があり、「そうだ、オサム君に漆塗りの飯椀を作ってもらおう」となったのです。次の冬は、漆器の飯椀で温かい朝飯を食べられそうです。
なお、オサム君は、今夜、イサム君の家に泊まるそうです。夜は「琥珀亭」だな。

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2008年3月29日 (土)

つれづれなるままに「ジョン・レノン・ミュージアム」

Nec_004828日午後、さいたまスパーアリーナ内にある「ジョン・レノン・ミュージアム」に行ってきました。一度は行ってみたいと思っていたのですが 、なかなか時間がとれなくて、電車から横目で眺めることが続いていました。

ミュージアムは9つのゾーンに分かれていて、それぞれが「少年時代」「ロックンロール」「ザ・ビートルズ」「ジョンとヨーコの出会い」「ラブ・アンド・ピース」「イマジン」「ニューヨーク・シティ」「失われた言葉」「ハウスハズバンド」と名付けられ、テーマに沿った展示がされています。

Nec_0047展示室に入る前にはミニシアターがあり、そこではジョンの生涯が映像で紹介されています。当然といえば当然ですが、全館を通じてジョンの歌声が流れていました。また、所々にあるスクリーンやモニターからはジョンの演奏する姿も見ることができました。

レコードジャケットやライブ映像で使われていた衣裳やギターが、目の前に展示されています。はるか遠い存在だったビートルズやジョンが急に身近な存在として意識できました。そういえば、私が初めて買ったLPレコードは、ビートルズの「アビイロード」でした。中学2年の時、お年玉で買いました。
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入館者が少なく、ゆったりと映像や本物を眺めることができました。もう一度、ジョンのCDをゆっくり聞いてみようと思っています。Nec_0046

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2008年3月11日 (火)

記念のつもりなんだろうが・・・

「大人の休日倶楽部」を利用して、北陸に夫婦で出かけました。

妻にどこへ行きたいかと尋ねると「東尋坊」という答え。他はあまり知らないらしい。初日の宿は、東尋坊近くの芦原温泉。翌朝、早朝ラン、温泉入浴、朝食を済ませて9時前に出発。東尋坊へは10数分で到着しました。
Pict0560 土産物屋がやっと開きだしたばかりで、観光客はまだまばらでしたが、食堂の豪華なサンプルには、目を見張りました。これを見るだけでも楽しくなり、お腹一杯になりそうです。

東尋坊の断崖は見応えのあるものでした。観光船に乗りましたので、海上から崖下すれすれまで、本当にぶつかるのではないかと思うくらい(50㎝くらいまで)近づきました。上からのぞき込む断崖も迫力がありますが、揺れる船から見上げる東尋坊は覆い被さってきそうな圧倒的な存在でした。Pict0550

下船後、東尋坊近くの雄島に行きました。船でも近くまで行った島です。陸とは赤い橋で結ばれた周囲2㎞ほどの小無人島です。人の手はほとんど入っておらず、天然林におおわれているそうです。

ワクワクしながら赤い橋を渡り島に着きました。ところが、鳥居をくぐり階段を上ったところで、がっかりしました。

目の前にある大きな樹の幹に私の母校(R大学)の名前が刻んであるではないですか。「近頃の学生は・・・・。」と恥ずかしくなりました。この大学のバカさ加減を公表しているようなものだと思いました。少々憂鬱な気分を引きずりながら、それでも自然を堪能しながら、島をぐるり1周しました。

Pict0566あと少しで1周というところで、別の大きな樹に別の大学の名前(D大学)が刻まれているのを見つけました。同じ街で、ライバル関係にある大学同士が、こんなバカさ加減でも競い合っていたのです。その傷跡には昭和40年という年が刻まれているではありませんか。そう、もう40年以上前のいたずらが、ハッキリ残っているのです。これを刻んだ学生は、現在60歳を超えているはずです。もし、何十年ぶりにこの樹を、傷ついた幹を見たらどう思うでしょう。

私の母校名の傷もライバル校名と同様に古いもののように見えました。「近頃の学生は・・・・。」と恥ずかしく思い、実際に妻との会話で口にも出したのですが、それは近頃の学生ではなく、もっともっと古い時代の学生の仕業だったわけです。
そういえば、昔の学生は、最近の学生ほど、環境や生態系に配慮している者は少なかったように思います。それ以前に、環境・生態系などという言葉そのものが、一般的ではなかったかも知れません。

いずれにしろ、思いこみの早とちりを反省しました。と同時に「ちょっと記念に」といった軽い気持ちで彫り込んだ名前が、数十年たっても消えない傷になっていることに、心を痛めました。

※東尋坊には20歳の時以来33年ぶりに訪れました。そうR大学生の時以来です。

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2007年12月 7日 (金)

神戸・京都

久しぶりの「ぶらり」。ちょっと遠出しました。先週の木金土、2泊3日のお出かけです。

Nec_0004Nec_0008初日、羽田10発の飛行機で伊丹空港へ。午後は神戸の北野異人館巡り。夜はディナークルーズで中華コース、ジャズピアノの生演奏は私たち夫婦のリクエストにすっかり応えてくれました (他にリクエストがなかったようです)。

Nec_0010Nec_0013  2日目は、三宮駅から阪急電車に乗り京都へ。松尾大社、法輪寺、広隆寺、仁和寺、竜安寺そして等持院と紅葉真っ盛りのことを堪能してきました。

3日目は、ポートアイランドへ出かけ、なぜかバーゲンセールに出くわし、靴下とワイシャツを買ってきました。また小磯良平美術館、芸術の秋を締めくくりました。昼食は賑やかな南京街に戻り、中華をべて食べ、伊丹から羽田に飛びました。

写真はすべて携帯で撮ったもので画像は良くないですね。上の写真、左は異人館「風見鶏の館」、右はポートタワーとホテルオークラ神戸(宿泊しました)の夜景。下は左が広隆寺の紅葉、右は仁和寺庭園の紅葉と五重塔です。

のんびりした3日間でしたが、よく歩いたので、走るのとは違う筋肉痛がでました。

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2007年11月17日 (土)

秋深し・・・

Pict0210午前中、スポーツ文化公園でクロカン45分を合わせてゆっくり1時間ほど走り、明日の渋川マラソン10㎞に向けて調整してきました。ちょっと走りすぎたかな?

今日はドームや陸上競技場のあるスポーツ文化公園東側では、市の産業祭が行われ大変な賑わいでした。野菜や畜産物などの店が沢山出ていました。農産物などを無料配布するテント前は時間前から長蛇の列が出来ていました。また、ドーム前では、カラフルな衣裳に身を包んだ女性たちが音楽に合わせてフォークダンスする様は圧倒的な存在感がありました。Pict0207

ラグビー場のある西側では、高校ラグビーの決勝戦を午後に控えて、その前座として少年ラグビーの試合が行われていてこれまた大変な賑わいで、駐車場も満車状態が続いていました。そのラグビー場前のけやきが鮮やかに紅葉していました。春の新緑も見ていて飽きませんでしたが、紅葉も木によって進み具合や色が違って飽きません。

Pict0212 午後は、大間々(みどり市)に行きました。工芸祭りに出展している友人の顔を見て来たのです。ここも、高津戸峡のご覧のような紅葉や菊花展そして工芸祭りで、大賑わいでした。ただし、友人の漆工房「琳」は、扱っているものがちょっと高めのせいか周辺のテントに比べて人の集まりはやや淋しい感じでした。1時間余りお邪魔して色々話してきましたが、いつかは彼の生活の場である木曽福島を訪れてみたいなという気になりました。でも、標高1000mでは、冬はちょっと厳しそうですね。

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2007年11月 4日 (日)

ぐんたまTシャツ

Pict0197_2 昨日の午後、ぐんま県民マラソンの帰り、えどまるさんと別れて熊谷駅を下りると何とも賑やかなこと。えびす祭りに立正大学の学園祭が乗り入れ、駅近くでロックバンドが路上ライブ。いいやね、若い奴らは・・・。

なんて思いながら彼らを横目に街を進むと、あるお店のウィンドーに見慣れたTシャツがかかっているではないですか。そう、これは紛れもなく「チームぐんたま」のTシャツです。思わず、店に入るとお店の方に驚かれました。「私たちのチームTシャツです」と事情を話すと「こんなTシャツも出来ますよという見本に飾っています」とのこと。なんか驚きました。

また、用もないのに寄ってやろうかな?

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2007年10月14日 (日)

ピーターラビット

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ピーターラビットといえば、子どもたちが小さい頃夢中になって読んだ絵本です。福音館書店の小さな白い表紙の絵本は、背表紙がぼろぼろになっていました。そんな懐かしいピーターラビットの著者であるビアトリクス・ポターの資料館が昨年東松山市の埼玉県こども動物公園内にオープンしました。今日は、童心に返って動物園の散策とピーターラビットに会いに行ってきました。

本当は、吹上のコスモスを見に行ったのですが、ちょっとガッカリでした。車から降りることもなく、どうしようか迷っていたところ、かつてヨッシー家が住んでいた吹上団地に着いたのです。20年前に住んでいた部屋をチラッと見上げると、子どもたちの幼い頃を思いだし、子どもたちの好きだった絵本のことが思い浮かんだのです。

吹上から荒川を超えて東松山市街の南に広がる丘陵地帯の中にこども動物公園はあります。その中心、天馬の塔の近くに資料館はありました。ここでは、子どもたちよりも大人の方が熱心に展示に見入ってました。ちなみに、このピーターラビット資料館は、お隣の大東文化大学のコレクションで、こどもたちのためにこども動物公園内に開設したそうです。Pict0151 Pict0154 Pict0159

今日は、この他にコアラやキリンを見てきました。いやあ、心が洗われました。

なお、ビアトリクス・ポターの映画が先月公開になっていたようですが、あいにく見逃してしまいました。今から上映している劇場を探すのは無理でしょうか?

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2007年10月 2日 (火)

完全オフ・・・「めがね」「忠七めし」「花和楽の湯」

大会で土日に仕事していたのでその振り替え休日を今日取った。平日の休みはどこへ行っても混雑することもなくいい感じだ。

今日は、いつも通り起きて朝食を食べ、妻と二人一通りの家事を済ませて、9時半過ぎに家を出た。目指すはワーナーマイカルシネマ熊谷だ。映画「めがね」を見に行く。

南の島(ロケ地は与論島)を舞台にしたたそがれた内容の映画だ。出演は小林聡美、もたいまさこ、光石研等だが、特にこれといったストーリーもないまさにたそがれた映画だ。春になるとやってくるもたいまさこが作るかき氷を食べるとみんな何とも力みの抜けたたそがれた状態になるんです。初めはそれを拒否していた小林聡美も苦手だったかき氷を食べてみんなと同じようにたそがれるという内容です。

この映画を午前中に見たのが悪かった。もう何か仕事をしようという気にもなれません。どこか日帰り温泉・・・と考え、いつも通りの湯楽の里では芸がないので、2年前の小川和紙マラソンの帰りに満員で入れなかった「花和楽(かわら)の湯」に行くことにした。と、その前に腹ごしらえをしようと小川の市街に入って、確か名物があったはずと思い出し、探すとありました。割烹旅館「二葉」の「忠七めし」です。Pict0125 Pict0126 Pict0129 妻は忠七めし御膳「椿」を、私はうなぎの蒲焼きに忠七めしを食べました。忠七めしは海苔をまぶしたご飯にネギやユズ、ワサビを薬味に散らし、出し汁をかけて食べます。ちょっと量が多めかなと思いましたが、案外さらさらと胃に入ってしまいます。うなぎもふっくら柔らかで美味しかったですよ。

お腹を満たした後に行ったのが「花和楽の湯」。岩盤浴も含めてタオル大小、浴衣、岩盤浴着が込みで1300円です。初めて行ったので分からないことが多かったのですが、館内は非常にきれいで、従業員の方々もテキパキと動きいい感じでした。風呂は内湯にサウナ、露天風呂もあります。露天風呂は広々として山も近くにあり、なかなかいい雰囲気でした。また、休憩所には無料でお茶やお菓子が用意されています。もちろん食事も出来ますので、今度はもっとゆっくり楽しんできたいですね。http://www.kawarano-yu.com/ 

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2007年8月 2日 (木)

ゆりがいっぱい(富士見高原スキー場

Pict0017先週の新聞夕刊に出ていたユリの花を見に行くという話が急にまとまり、31日の午後から八ヶ岳南麓の長野県富士見村に行って来ました。宿泊はGWに行った従妹夫婦がやっているペンション「ユーフォニー」http://pension.or.jp/~euphony/です。24時間リレーマラソンがあった野辺山の近くです。

1時過ぎに家を出て、途中昼食をとったりしていたので、ペンション到着は5時近くになっていました。早速、甲斐大泉駅前にある「パノラマの湯」に浸りに行きました。GWのときは芋の子を洗うがごとき混雑でしたが、今回はゆったり出来ました。条件がよければ露天風呂から富士山や甲斐駒ヶ岳などの名峰が見られるそうですが、残念ながらこの日は見えませんでした。

Pict0006夕食は、プロバンス産のワイン(やや辛口のロゼ)を飲みながら、のんびりといただきました。この日の宿泊客は私たち夫婦だけです。我が家のようにくつろぎながら食事が出来ました。味は申し分なく美味しく、量もちょうどいい感じでした。ワインはボトルのちょうど半分ほど無くなっていました。食後は、従妹夫婦ととりとめのない話をして過ごしました。

Pict0012翌朝、近くの「吐竜の滝」まで走っていきました。新鮮な高原の空気を胸一杯に吸って・・・・といかにも爽やかそうですが、実際にはアップダウンのある道をゼーゼーいいながら汗だくになっての行き帰りでした。しかも標高1200m程の高地ですから大変です。

朝食後、いよいよユリを見に出かけました。今回は富士見高原スキー場のユリだけが目的です。これがこけたら意味が無くなります。晴れ上がった大空の下、高原ドライブをしばらく楽しみながらユリの花を目指しました。そして、いよいよ富士見高原スキー場http://fujimikogen-resort.jp/yuri/yuri.htmlに到着です。

Pict0019入園料とリフトフリー券付きで1700円。やや高いような気がしましたが・・・・。それも券を購入するときだけの感覚です。ゲレンデいっぱいに咲くユリ。白樺林の中で色鮮やかに咲くユリ。これを見たらもう言うことはありません。きれいでした。

ただ、カメラの電池が切れて(野辺山から充電していなかった)、たった4枚しか取れなかったのが残念です。でも、写真を撮れなかった分、心にしっかりと刻みつけてきました。素敵なひとときを過ごしました。

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2007年5月27日 (日)

バラが満開~伊奈町制記念公園~

昨日今日と、もうすっかり夏ですね。Pict0129Pict0130

ちょっと暑かったのですが、伊奈町にバラを見に行ってきました。何はともあれ、色鮮やかなバラの数々をご覧下さい。花の名前はそれぞれあるようですが、私には赤いバラ、黄色いバラ、白いバラで十分です。ほのかにバラの香りが届きますか? Pict0133

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2007年5月22日 (火)

松代への日帰り旅

JR東日本20周年記念「大人の休日倶楽部」限定6000円で1日乗り放題チケット利用して、信州松代に行ってきました。GWに、佐久から甲斐へ、さらに諏訪から松本に行きましたが、今回はさらに信州を北上し、風林火山さながらに川中島を越え、松代です。松代城は、かつて海津城と呼ばれていたそうで、武田信玄が山本勘助に命じて築城させたものと伝えられています。

今回の日帰り旅行は、そうした城下町の風情が残る松代だけでなく、大東亜戦争末期に象山地下に建設されていたいわゆる「松代大本営」の地下壕に入ることが目的でした。

長野駅からバスで約30分、松代駅前で下車して「松代大本営」を目指して歩きました。海津城や象山神社、武家屋敷などは、帰りに寄ることにしていましたが、ちょっとのぞいた無料休憩所で、声をかけられて小休止。お茶と梅漬けをいただいて世間話。地元の人とのふれあいも旅の楽しみのひとつです。

Pict0084_2 大本営の地下壕は入り口の受付で「どこから来ましたか。何人ですか。」と聞かれるだけです。ヘルメットを被り、いよいよ地下壕へ。入り口左側に「不戦の誓い」の碑、右には強制連行されてこの大本営を掘った朝鮮人の犠牲者を慰霊する碑。片道約500mだけが公開されています。公開されている部分の横幅は約4m、写真のようなトンネルが縦横に走っているそうです。薄暗い地下壕を歩いていて疑問を感じました。硫黄島や沖縄で、時間稼ぎのためにこうした豪が掘られました。それは、本土決戦を一日でも遅らせて、本土の臨戦態勢を整わせるためだったといわれる。

Pict0093_1しかし、この「松代大本営」は、何のためにつくられたのだろうか。何を守ろうとしていたのか。おそらく、大本営が東京でその機能を発揮できなくなったとき、それは国土や国民を守ることを捨て去り、「大本営」そのものを守るだけになっていまったろう。ここが「大本営」の機能を持つ前に戦争は終結したのは、幸いというか不幸に言おうか?

もし、「大本営」が松代に移されていたら、沖縄で日本軍から「地下壕」を追い出されて犠牲になった沖縄の人々と同様の感覚を本土の人々も持ったかも知れない。結局、日本軍は国土や国民を守らずに天皇の私兵として天皇(制)を守るだけの存在だったことが、明白になっていたのだと思う。

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2007年4月30日 (月)

けやき並木

Pict0073_3 これは、スポーツ文化公園の西入口に続くけやき並木です。けやきは埼玉県の木ですが、新緑の今が、一番きれいなときかも知れません。

このけやき(欅)という木は結構個性派揃いです。まず、木によってその新緑の色が微妙にというよりはかなりハッキリと違います。ごく普通に緑色の葉を初めから芽吹かせる木もあれば、黄緑色や茶色がかった葉を出す木もあります。

その上、同じ木なのに枝によって葉の出る時期がかなりずれているものもあります。よく考えてみると不思議な光景ですよ。まだ冬のように枯れ枝状態のものから、すっかり緑におおわれている枝もあるのですから・・・・。この欅という木は実に個性的な木です。

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2007年4月23日 (月)

群馬の森クラフトフェア

4月21日(土)、群馬の森に行って来ました。走ること以外の目的で行くのは一年ぶりです。昨年に続いて、小中学校時代からの友人が、木曽から「群馬の森クラフトフェア」に出店するということで夫婦で出かけました。「群馬の森クラフトフェア」は今回で7回目となり、参加者はパンフレットによれば115を数えました。新緑の間を抜けて射し込む光のなかで、簡易テントを張って 木工や陶器など特徴ある店が軒を連ねていました。Pict0045_1Pict0046_1のんびりと見て回るだけで十分楽しめる催しでした。

私の友人は、漆職人として修行中の身です。素人の私が見てもまだまだかなと思える部分があります。しかし、漆器をひとつひとつ手にとって、彼の説明を聴くと、実用したとき良さが想像できるような気がしました。ただ残念なことに、他の店に比べて、売り物そのものが地味な上に高価なせいもあり、客も余り寄っていなかったようです。昨年は、夫婦で弁当箱を買いましたが、今年はどんぶりを買いました。、海鮮丼を盛り付けるのにちょうど良さそうな大きさのどんぶり(写真の友人が持っているもの)です。 値段は、ちょと高かったですが、美味しそうな海鮮丼が出来そうです。  Pict0044_1Pict0053_2

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2007年2月12日 (月)

桐生南公園の梅(2/11)

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陽気に誘われ、梅の花をもとめてぶらり。桐生南公園まで足を伸ばしました。ちょっと風は冷たかったけれど、青空の下で早咲きの梅がきれいに咲いていました。でも、けやきは1本1本の枝を大空に広げているだけで、まだまだ冬のままでした。

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2007年1月24日 (水)

ぶらり富岡

Pict0136Pict013824日朝刊各紙によると、群馬県の富岡製糸場が世界遺産暫定リスト追加登録について国内決定されたそうです。実は21日(日)に、ぶらっと富岡まで行って来たのです。富岡が世界遺産への登録を目指しているのは以前から知っていましたが、タイミング良く国内決定の時期であるとは思いませんでした。

富岡製糸場は、明治5年に明治政府が設置した(官営工場)我が国最初の近代的製糸場です。詳しくは「富岡製糸場☆世界遺産推進ホームページ」http://www2.city.tomioka.lg.jp/worldheritage/index.shtmlで勉強してくださいね。ボランティアガイドが丁寧に説明してくれますので、予備知識がなくてもその重要さが分かります。一度は訪れてもいいでしょう。

世界遺産予備軍を見学した後、見学者用駐車場までの帰り道にぶらっと路地に入ってびっくり、スナックや小料理屋、赤提灯が軒を連ねているのです。すでに営業していないパチンコ店や飲み屋もたくさんあり、賑やかだった頃を想像させてくれます。きっと高度成長の頃までは大変な繁華街だったのでしょう。

昼食は道路沿いの大きな看板に誘われて訪れた蕎麦屋さん。住宅地のはずれにあり、日曜の昼食時にもかかわらず駐車場の車は1台だけ。おそるおそる店にはいると客は、私たちよりやや年上に思える夫婦(?)一組だけ。こんなに空いているということは・・・・・いやな予感も・・・・。

注文したのは、私が鴨汁蕎麦の大盛り、ヨッシーの母はかき揚げざる蕎麦です。はじめに運ばれてきたのは、4つに切られた大きなかき揚げでした。そっそく手を伸ばして食べてみると、エビやホタテも入ってサクサクに揚がっていて美味。「いいんじゃないの・・・・」なんて話しているうちに蕎麦がきました。十割蕎麦、生粉打ちと看板にあり、期待できます。極細の麺でした。今まで口にしたことのない細さでした。

十割蕎麦、生粉打ちとあるだけに味も香りもいい感じでした。極細だけに冷たい濃いめの汁によく合う蕎麦でした。しかし、私の頼んだ鴨汁蕎麦は、濃厚な汁の味に圧倒され蕎麦のおいしさがやや負けていたような気がします。しかし、量もまずまずありいい店を見つけました。その店の名は「やじま」脱サラ風の夫婦二人だけで営業している店です。Pict0139Pict0140Pict0141

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